研究概要 |
ゲノム情報が生命の活動へと変換される舞台は細胞であり、遺伝情報を担うDNAが蓄えられている細胞核である。細胞とその核における遺伝情報の生命への変換に関る素機構を研究し、その統合によって、多細胞複合システムとしての個体生命成立の機構を明らかにすることを本研究の目的とする。細胞に関る調節機構は、これまで、遺伝子の転写、細胞分化、DNA複製、DNA修復、アポトーシス、核内外の物質輸送等の個別の異なったプロセスとして取り扱われてきたが、これらは互いに密接に関連した相互依存的な機構である。従って、これらの素機構が織りなす全体の調節機構を統一的に解明することが必要である。本研究では、このような素機構の統合による個体生命の成立の機構を解明することを目指している。そのために、まず、個々の素機構を成り立たせる分子メカニズムを詳細に明らかにし、細胞の中で多くの素機構が如何にして統合されて行くのかを理解する。さらに、分子メカニズムの解析によって明らかにされる各素機構や素機構間の共役の要となる機能分子を失ったさまざまのノックアウトマウスを作製し、それらを駆使して個体生命の成立機構を明らかにしている。 1.個々の細胞においてゲノム情報の特定のものだけが選択され活用される素機構として、Pax, POU, SOXなどの遺伝子ファミリーがコードする転写調節因子の複合体がその構成成分の組み合わせに応じて厳密かつ多様性を持った特異性を生み出す機構を示した。これらの組み合わせによって、胚発生初期に中枢神経系、感覚器原基などがつくられる。また、多数の分泌性シグナル分子の作用による、細胞群を単位とした高次転写調節機構を明らかにした。特に、体の前後軸を規定するレチノイン酸の合成と分解の制御、分泌因子Nodalとその阻害因子Lefty1/2による体の左右を決定する機構について、大きな研究の進展があった。 2.DNA複製、DNA修復を司る高次分子複合体の解析から、これら2つの機構の間の分子機構上の相関を明らかにし、またこれらの複合体が転写調節にも関与することを示した。核のDNA上の多数の素機構が、分子複合体を介して共役している。ヌクレオチド除去修復の中核因子であるXPA、転写と共役したDNA修復を司る因子CSA, CSB, RNAポリメラーゼIIが、XAB2(XPA binding protein 2)を介して複合体を形成して機能することが明らかになり、また、細胞周期、DNA修復と共役するDNA複製複合体の活性におけるDNAポリメラーゼε、RAD53を含む複合体の構成とダイナミクスが明らかにされた。 3.これらの過程やアポトーシスなどに関する細胞内物質輸送機構、特に核-細胞質間物質輸送の機構を明らかにするとともに、その細胞ごとの多様性、細胞に与えられたシグナルや損傷に端を発した物質輸送によってもたらされる、核やミトコンドリアなど細胞内小器官の状態変化の機構を解明した。特に、細胞分化やがん化にかかわり、細胞質と核の間を、双方向に移行するSmad、βカテニンの輸送機構を研究した。Smad3がimportinβと複合体をつくって核移行するのに対して、βカテニンは単独で核に移行した。さらに、importinβとのアダプターと考えられてきたimportinαもまた、単独で核移行するなど、複雑な核移行機構とその制御の存在が示された。アポトーシスにおいては、Bc1-2ファミリー蛋白質のミトコンドリア外膜への移行と、VDAC(voltage-dependent anion channel)との相互作用を中心に研究をすすめ、VDACと相互作用するドメインBH4を同定し、動物モデルにおいて、Bc1-2のBH4ドメインが積極的にアポトーシスを抑制することを示した。 これら多数の分子的素機構が絡み合った、細胞や組織を舞台とした高次機能を解明している。各々の素機構や共役機構にかかわる分子を欠損したノックアウトマウスをすでに多数作製しており、個体レベルで統合された素機構の作用や機構を解明する研究をすすめている。
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