研究概要 |
哺乳類正常分化体細胞が各種DNA損傷に対してどのように反応するか(DNAdamageresponse、以下DDR)に関しては、これまでに多くの研究があり理解が進んでいる一方、生殖細胞や初期胚などの全能性未分化細胞や組織特異的多能性未分化細胞に関しては研究が少なく、その理解が不十分である。しかし、初期胚、ES細胞、iPS細胞などの全能性未分化細胞のDDRは、それらの細胞を用いた再生医療を実施する際に重要であり、組織特異的多分化能細胞のDDRは、加齢にともなう組織の機能低下を説明し、抗老化治療方法開発の基礎となる。そこで、本研究では、分化細胞と比較して未分化細胞のDDRにどのような特徴があるのかを明らかにし、その分子機構を解明することを目的としている。 本研究では、分化細胞としてヒト正常線維芽細胞WI38にテロメレース触媒蛋白質遺伝子hTERTを発現させて不死化させたWI38hTERTとマウス胎児由来線維芽細胞(mouse embryonic fibroblast, MEF)を用い、それぞれと比較する未分化細胞として、これらをiPS化させたiPS(WI38hTERT)とiPS(ME)を用いた。異なる細胞種の間で、一定のDNA損傷を与えることができるように、ゲノム中に18塩基対DNAを認識してDNA切断をおこす制限酵素I-Sce1の認識配列を1カ所だけ挿入した。また、同じ細胞に1-Scel酵素を誘導発現する遺伝子カセットを導入した。特に、MEFとして、遺伝子が構成的に発現される座位として有名なRosa26座位にLox配列をもつマウス由来のMEFを用い、creリコンビネースを用いて同部位に誘導性I-Sce1遺伝子を遺伝子導入した。マウスあるいはヒトゲノムには、18塩基対I-Sce1認識配列が存在していないため、これらの細胞では、I-Sce1の発現誘導によりゲノムに一カ所だけDNA切断を導入することが可能である。このようにして、iPS技術の応用によって、遺伝子背景が全く同じ分化および未分化細胞の組について、ゲノムDNA切断を同じ部位に一カ所だけ誘導できる実験系を確立しつつある。今後、この実験系を用いて未分化細胞と分化細胞におけるDDRの量的・質的相違を検討する予定である。
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