グルタミン酸は、我々哺乳類中枢神経系において主要な興奮性神経伝達物質として働き、脳高次機能を支えている。グルタミン酸が神経細胞から放出されるためには、シナプス前終末において小胞型グルタミン酸トランスポーター(VGLUTs : vesicular glutamate transporters)を介してシナプス小胞内腔に再充填される必要がある。VGLUTによるグルタミン酸再充填は、シナプス小胞膜上に存在するV-ATPaseが形成するプロトン電気化学勾配によって駆動されるが、その動作原理の詳細は明らかになっていない。最近、シナプス小胞にはNa^+/H^+交換体(NHE)が存在し、膜電位勾配依存性のグルタミン酸輸送を活性化する可能性が提唱された。本研究計画では、NHE活性がグルタミン酸再充填過程に及ぼす影響を理解するための第一段階として、新しいpH測定系の確立を目指した。従来用いられてきた弱塩基性・膜透過型の蛍光色素であるアクリジンオレンジは、pHのみならず、V-ATPaseの活性変化に感受性をもつため、様々な実験操作時のpH変化を定量的に測定できない懸念がある。そこで、pH指示薬としてピラニンを用いて、リポソーム内のpH実測を試みた。バクテリア由来のFOF1-ATP合成酵素(V-ATPaseの代用)とピラニンを再構成し、リポソーム内pHを測定したところ、リポソーム内外のバッファー組成に関わらず同等のpH低下が観察された。興味深いことに、FOF1-ATP合成酵素とVGLUTを再構成し、リポソーム外の塩化物イオンを変化させても、小胞内pHの変化が検出されなかった。これらの結果は、アクリジンオレンジを用いた測定結果と全く異なっており、得られた実験結果を総合的に判断すると、アクリジンオレンジで得られたシグナル変化は、小胞内pHよりもむしろ小胞内緩衝能の変化を反映している可能性が示唆された。
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