低酸素応答転写因子HIF-1alpha、HIF-2alphaは、胚発生・器官形成、病態などで発生する低酸素ストレスを感知し、パートナー分子Arntと二量体を形成して、種々の標的遺伝子の転写を亢進させる。一方HIF-3alphaは、HIF-1alpha、HIF-2alphaからArntを奪い取り、転写活性を抑制する。我々は以前、二量体形成およびDNA結合能を欠失したHIF-3alphaノックアウト(KO)マウスの肺胞の血管構造に異常が見られることを報告した。しかし、HIF-3alphaの機能には不明な点が多い。そこで我々は、野生型マウスとHIF-3alphaKOマウスの肺のそれぞれから血管内皮細胞を単離・培養し、それらの比較検討を通じて肺におけるHIF-3alphaの役割とその分子機構の解明を試みた。その結果、以下の新たな知見が得られた。①HIF-3alphaは肺血管内皮細胞の血管新生能を酸素濃度に関わらず活性化する、②HIF-3alphaは接着因子VE-cadherinの発現を適切に抑制することで血管新生能を制御している、③HIF-3alphaの機能欠損によるVE-cadherinの発現上昇は、in vivoでも観察され、肺血管の構造異常との関連性が考えられる、④VE-cadherinの発現抑制機構として、HIF-3alphaは転写因子Ets-1とHIF-2alphaの発現を転写レベルで抑制しており、その抑制を介してVE-cadherinの発現を間接的に、かつ強力に抑えている可能性が示唆された。 HIF-3alphaの機能欠損による影響は、本研究で行った全ての実験系において酸素濃度に関わらず観察された。このことから、肺血管内皮細胞においてHIF-3alphaは「低酸素応答」転写因子というこれまでの概念を越えた、独自の機能を持っていることが明らかとなった。
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