研究課題/領域番号 |
12J00334
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
千葉 昌子 東京大学, 大学院総合文化研究科, 特別研究員(DC1)
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キーワード | 写本絵画 / ペルシア詩 |
研究概要 |
本年度は、1483年以降に制作された関連写本を全7冊(ロシア科学アカデミー東洋学研究所所蔵写本2冊/ロシア国立図書館所蔵写本5冊)を実見し、サファヴィー朝シャー・タハマースプ(在位1524-76年)の宮廷書画院で制作されたとされるニザーミー詩編(大英図書館所蔵, Or. 2265)と比較した。その内の3冊については、シャー・タハマースプ本に特色的な異文を共有していた。1491年頃に詩文が書写された一冊(ロシア国立図書館所蔵, PNS. 83)には15世紀後半から挿絵に描かれ始めた《二人の対立する学者》の挿絵が含まれ、挿絵の題材選択にはシャー・タハマースプ本との類似があった。しかしながら、挿絵の描かれ方には双方に際立った共通点が確認できなかった。その1491年頃制作の挿絵は同時代以降の作例と比べて保存状態がよく、シャー・タハマースプ本に限らず、15世紀後半以降の制作とされる彩飾写本には、詩文と挿絵との制作年代が異なる場合があることを示唆していた。従来、挿絵の制作年代としてきたのは詩文の書写年代であった。この年代は、挿絵をその制作背景と関連付けて分析する際の前提としてきたが、詩文の書写されている部分と欄外枠とが分かれている写本や、挿絵の着彩に経年の摩耗や退色がみられない写本については、複数の作例と比較することで挿絵の制作年代を検討し直す必要があると思われた。挿絵の制作年代の基準とする作例として、宮廷書画院制作の写本だけではなく、後世の補修が行われていないようにみえる写本を重視している。シャー・タハマースプ本の挿絵の制作年代は1540年頃とされているが、『神秘の宝庫』の挿絵三点については、はじめの《ヌーシールヴァーンと従臣》と、その後の二点《老婆とスルタン・サンジャル》と《二人の対立する学者》とでは、その挿絵周辺の紙の色が異なること、挿絵の題材選択に16世紀中葉までとそれ以降の傾向とがみられることから、制作年代が異なる可能性が高まった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度はシャー・タハマースプのニザーミー写本の関連写本について、実見のかなわなかった写本を含め、挿絵の図版を収集し、それらを比較した結果を口頭ではあるが学会で報告することができた為、研究はおおむね順調に進展しているように思われる。現在まで実見した26冊の二ザーミー写本の内、シャー・タハマースプ本と同類型の異文を有する写本は4冊あったが、それらの挿絵の描かれ方に法則を見出すことができなかった。しかし、それら4冊の内3点は詩文と挿絵とが同時期に制作された可能性が高く、制作年代別に挿絵の題材選択の傾向を分析する際の基準となり得る。
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今後の研究の推進方策 |
今後は、挿絵の題材ごとに挿絵を比較し、主に絵画様式の変遷を辿ることで、15世紀後半から16世紀中盤にかけての挿絵制作め転換期を探ることを目指している。この時期に制作された写本は後世に補修が加えられている場合が多い為、16世紀中盤以降の挿絵の特色をふまえ、可能な限り補修部分を見分ける必要がある。その作業を行っていく過程で、現在制作年代を判別する際の基準としている絵画様式ごとの特色に加えて、それらの絵画様式間に共通する傾向を記録する。現在までに収集した国外の写本情報をまとめ、国内に所蔵のある16世紀以降のペルシア写本絵画の位置づけを確認する際に、参考としやすい資料の作成も視野に入れで研究を推進していきたい。
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