カタユウレイボヤ初期胚の割球運命決定機構を包括的に理解するために、ホヤの16細胞期に発現するシグナル分子の機能を網羅的に解析することを目的とした。さらに、得られた実験結果を偏見なく解釈するための数理モデルの構築を目指した。 ホヤ胚の16細胞期には、シグナル分子をコードする遺伝子は5種類発現する。これら5つの遺伝子に対してモルフォリノオリゴヌクレオチド(MO)による機能阻害をおこない、初期の神経マーカー遺伝子であるNodalおよびOtxの発現が、どのように影響を受けるかを調べた。 NodalおよびOtxの発現は、5つのシグナル分子によって調節される3つのシグナル調節経路により32細胞期において神経予定割球であるa6.5とb6.5割球で発現を開始することが明らかになった。特に3つのシグナル経路のうちの2つの経路がNodalおよびOtxの発現を直接調節していることがわかった。MAPKシグナル経路を構成するFGFとEphrinA-dがシグナル濃度の逆勾配を形成することで、予定神経運命割球と予定表皮割球の間で活性化ERKの急勾配が生じる。予定表皮割球でもわずかに活性化したERKではNodalとOtxの発現が起こらないようにBMP/activinシグナル経路のシグナル伝達因子であるSmadがDNAに結合し、発現を抑制している。MAPKシグナル経路とBMP/activinシグナル経路が協調して働くことで、NodalおよびOtxの発現は神経予定割球であるa6.5とb6.5割球のみに限定される。 上記の実験結果を包括的に解析するために数理モデルを構築し、神経誘導を支配する論理式を決めた。神経誘導機構は4つのシグナル分子からなる複雑な系であるため、実験により推測された機構が唯一の解である保証がないため、理論上存在するすべての可能性を検証することが求められる。本研究ではモデルによる網羅的解析を用いて唯一解の探索をおこなった。その結果、ホヤの神経誘導機構を支配する論理式をほぼ一つに決定した。
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