申請者はこれまでに、精神疾患と密接に関連している前頭葉ドパミン(DA)量が、うつ病などの神経ステロイドが低下した病態においてセロトニン(5-HT)1A受容体-シグマ1受容体のシグナル間相互作用により調節される可能性を見出してきた。さらに、このDA量増加作用における神経ステロイド低下の役割として、脳内GABAA受容体の機能低下が関与することを見出した。すなわち、前頭葉DA量における5-HT1A、シグマ1、GABAAの3受容体による新しい複合的調節機構の存在を示唆した。当該年度は、本調節機構による前頭葉DA量増加作用の行動薬理学的意義について追究した。 まずうつ様行動や作業記憶に対して、今回見出したDA量増加作用が影響を与えるか検討を行った。しかし、うつ様行動を評価する強制水泳試験と尾懸垂試験、作業記憶を評価するY字型迷路試験のいずれにおいても、前頭葉DA量増加は影響を与えなかった。次に、前頭葉DA神経系と密接に関連すると考えられる意欲に関して、当研究室で確立した雌選択性試験により評価した。GABAA受容体アンタゴニストのピクロトキシンは雌選択性を低下させたが、5-HT1A受容体とシグマ1受容体を活性化し前頭葉DA量増加作用が生じる条件においては、低下した雌選択性が改善することを示した。以上より、5-HT1A受容体、シグマ1受容体、GABAA受容体の相互作用による前頭葉DA量増加作用は、意欲の調節に関与する可能性が示された。意欲の低下はうつ病や統合失調症などの精神疾患において広く認められることから、本研究で見出したDA調節機構の生理病態的意義の解明を通して、新しい精神疾患治療薬の開発に繋がることが期待される。
|