研究概要 |
マラリアやバベシア症は節足動物(ベクター)によって媒介される人獣共通感染症である。この病原体媒介節足動物には極めて興味深い生命現象が存在する。それは、病原性微生物を体内に有するにも拘わらず、自身は病気にならないという点である。私は新たな病原体媒介動物モデルとして、ヒト感染性条虫と中間宿主昆虫の相互作用解明を目的として、小形条虫と甲虫コクヌストモドキによる感染実験モデルを確立した。この条虫-昆虫中間宿主の相互関係に関与している昆虫の遺伝子を探索するため、私はRNA干渉スクリーニングによる逆遺伝学的アプローチを試みた。本年度はコクヌストモドキへのdsRNAインジェクションの手技の習熟につとめた。次にdsRNAインジェクションによる機能欠失変異体に小形条虫を直接摂食させ、10目後に小形条虫の体腔に存在する擬嚢尾虫をカウントすることで遺伝子の評価を行った。現在までに昆虫の生体防御機構に関与するシグナル伝達経路(Toll, IMD, JAK/STAT, JNK等)、RNA干渉に関与する遺伝子群(Dicer-2等)、ストレス誘導性MAPK経路(p38等)をターゲットにおよそ50種類の遺伝子のスクリーニングを実施した。その結果、JAK/STAT経路の(Hopscotch, STAT)遺伝子の機能を抑えると、小形条虫感染後にコクヌストモドキの30%が死亡するという表現型を確認した。しかし、生存しているコクヌストモドキからは擬嚢尾虫の感染が認められた。この結果は、JAK/STAT経路が病原体の排除(レジスタンス)ではなく、病原体による宿主側へのダメージの低減(トレランス)に関与する事を示唆する。これは、コクヌストモドキがトレランスにより条虫感染のダメージを最小限に抑えているがために、ヒト感染性の条虫の中間宿主となり得ていることを予測させる。
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