本研究課題は、海馬シナプス可塑性を誘導する内因性メカニズムを検討することを目的としている。本年度は、記憶の獲得や想起に関連がある脳活動を考えられている高周波の律動波であるガンマオシレーション(20-80Hz)に関する研究を行った。海馬スライス標本を用いたin vitro実験において、カイニン酸型グルタミン酸受容体の作用薬である低濃度のカイニン酸を投与することにより、海馬の下位領域の1つであるCA3野において頑健なガンマオシレーションが引き起こされることが知られている。海馬CA3野のガンマオシレーションの発生には、CA3野の興奮性と抑制性の神経細胞からなる反回性の神経回路が寄与すると考えられているが、局所神経回路機構については不明な点がある。そこで、海馬CA3野のガンマオシレーションにおけるカイニン酸受容体の役割について、新規に合成されたカイニン酸受容体選択的阻害薬であるACETを用いて検討した。まず初めに、ACETがCA3野に発現するカイニン酸受容体を阻害するのか、海馬急性スライス標本を作成し、スライスパッチクランプ法を用いて検討した。苔状線維―CA3シナプスよりカイニン酸受容体を介するシナプス電流を記録している際にACETを投与するとシナプス電流が阻害されたことから、新規に合成されたカイニン酸受容体阻害薬であるACETは、急性海馬スライス標本の苔状線維―CA3シナプスに発現しているカイニン酸受容体を阻害することが示された。続いて、ガンマオシレーションにおけるカイニン酸受容体の役割を検討するため、CA3野より局所フィールド電位を記録した。低濃度のカイニン酸を灌流投与することにより頑健なガンマオシレーションが誘導されたが、ACETを共投与することによりガンマオシレーションのパワー値が有意に減少した。これらの結果から興奮性または抑制性神経細胞に発現するカイニン酸受容体がガンマオシレーションの維持に重要な役割を担うことが示された。
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