報告者はこれまでに、生体内分子相互作用を選択的に制御する方法として、鋳型となるタンパク質に相互作用する分子構造を鋳型から有機合成化学的に写し取る「鋳型誘起合成」を開発し、細胞内シグナル伝達を選択的に阻害するペプチド分子の創製に成功している。本研究課題では、本法を組織上あるいは動物内のタンパク質においても汎用的に利用できる方法とすることを大きな目的としており、昨年度までにアルギニンに対して様々なアミンや共役アルデヒドを連続して作用させることで、天然物であるアゲラジンをアルギニン側鎖上に導入できることを見出した。そこで、今年度は本法において合成したアゲラジン‐アルギニン複合体の生物活性について詳細に検討を行ったところ、既知のアゲラジン誘導体では全く報告されていない顕著な神経分化促進活性を持つことが分かった。また、既知のアゲラジン誘導体においては神経分化を抑制するキナーゼDyrk1Aを阻害することが知られているが、この複合体ではこのDyrk1Aに対する阻害活性を全く示さなかった。この結果から、複合体は他のキナーゼを阻害するかもしくはエピジェネティックスを制御している可能性が示唆された。さらに、本合成法を用いてアゲラジン誘導体の迅速なライブラリー合成を行い、それらの神経分化活性についても検討した結果、p-フルオロフェニル基を持つ誘導体において神経分化を抑制することも見出すことができた。これまでの結果から本合成法はタンパク質にも適応可能であると考えられ、今後はアゲラジン骨格をベースとして鋳型誘起合成を実施することで、未解明のターゲットタンパク質に選択的なリガンドの創成や、さらにはそのリガンドを用いることによって神経分化の促進および抑制を制御することができると期待される。また、生体内のアルデヒドを利用することで組織上、動物内において直接的に鋳型分子の創成することができると考えられる。
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