研究概要 |
本研究の目的は,古インド・アーリヤ語最古の文献であるリグヴェーダ(紀元前1200年頃に編纂されたものと考えられる)において,河川が如何なる存在に位置づけられるのかを,文献学的手法を用いて明らかにすることである。遊牧・移住生活を営んでいた頃の記憶を未だ留める段階にあったインド・アーリヤ人が伝えた宗教文献中で,河川という生活上の重要拠点を巡って言及される「生活実態,社会背景」,「思想,世界観」そして「宗教観」について,総合的な解明を試みる。 本年度は,K.F.Geldnerによるリグヴェーダ全訳のインデックスに特定の河川として登録される一連の河川の中で,スインドゥ及びラサーを除く32の河川(サラスヴァティー,サラユ,ヴィパーシュ,パルシュニー等)について,各々が言及される箇所及び関連性が看取される箇所を網羅的に調査した。諸河川に関わる個々の記述の分析を通じ,同文献に登場する河川を総覧する知見の集積が得られた。特筆すべきものについて以下に一例紹介する。リグヴェーダにおいて,河川は「戦争に関連する文脈」において頻繁に登場する傾向にあることが指摘できる。それと同時に河川が齎す「水による恩恵」を示唆する表現も散見される。これらの点は,自身の生存や財産に等しい家畜の飼育に必要不可欠な水源をもたらす河川が,競合の対象としての性格を有していたことを暗示している。河川は往時の人々の生命に直結する,切実な問題と密接に関連していることが,本年度の研究を通じて具体的に明らかになったと言える。 平成24年6月30日開催の日本印度学仏教学会にて,河川の女神サラスヴァティーの男性形対応神格であるサラスヴァントをテーマに発表し,同学会学会誌にて論文(英文)を投稿した。また同年10月3日から12月6日まで,アメリカ合衆国ハーバード大学のDepartment of South Asian Studiesに滞在し,研究活動に従事した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
リグヴェーダに登場する個々の河川に関わる文献学的手法による精査を通じ,同文献における河川像の類型を具体化することに成功した。本年度の成果は,研究全体の外堀を埋める意味合いを持つ。また,生存に直結する水を介した河川と人々との関係性という人類に共通するテーマについて,文献リグヴェーダの「証言」を提示した。
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今後の研究の推進方策 |
平成24年度の研究を踏まえ,今後はスインドゥ,ラサーの研究に進む。両者ともに世界の果てにあるとされる想像上の河川としての性格をも有する存在である。これまでは河川の物質的側面に視点が置かれることが多かったが,今後扱うことになる研究対象は,理念上の存在としての性格についても深く関与することが予測される。昨年度以上に多面的なアプローチを意識して研究を進める必要がある。またアヴェスタ語文献についても,本格的に参照を進める。同文献はリグヴェーダ以上に難解な文献に位置づけられるため,先行研究を総動員した慎重な調査が求められる。
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