本研究は、消去記憶保持機構の成熟に対する雄性ホルモン(アンドロゲン)の一種であるテストステロンの作用を明らかにすることを目的とする。性成熟前後の雄マウスに、味覚嫌悪学習後に消去記憶を獲得させ、一か月後に消去記憶を想起させると、性成熟後に学習を行ったマウスの方が消去記憶を強く保持した。この結果から、性成熟期に消去記憶保持機構の成熟の臨界期が存在すると予想した。また、雄マウスの前頭前野腹内側部と扁桃体(消去記憶関連脳部位)におけるアンドロゲン受容体遺伝子の発現量は、血中テストステロン濃度が一過性に上昇する性成熟前の方が性成熟後よりも有意に高かった。一方で、アンドロゲン受容体の重要性が確立されている視索前野では、性成熟前よりも性成熟後の方が有意に高く、消去記憶関連脳部位とは逆の結果を示した。さらに、性成熟後にテストステロンを投与しても、性成熟前に投与しなければ消去記憶の保持強化は認められなかった。そこで、テストステロンの投与時期、投与期間等をいくつか設定し、ゴルジ染色法を用いて消去記憶関連脳部位における樹状突起スパイン数の変化を観察することで、テストステロンがいつどのように神経回路を変化させ、消去記憶の保持メカニズムを成熟させるのかについて検証した。その結果、性成熟前後ともにテストステロンに曝露されると、性成熟前あるいは性成熟後のみの一時的な曝露時と比べて、消去記憶関連脳部位の樹状突起スパイン数が有意に増加することが分かった。これらの結果は、性成熟前で一度高濃度のテストステロンに曝露されることが、その後の性成熟期で再度テストステロンに曝露された際に、樹状突起スパイン数を爆発的に増やして消去記憶保持機構の成熟を促すという重要な役目を担っている可能性を示唆する。
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