昨年度から、境界要素法を用いた流体中の微小生物の運動に関する数値計算手法を開発し、その中でも具体的な問題として精子遊泳の研究を行ってきた。境界要素法による数値計算は良い精度を与えるが、一方で計算コストが大きく、精子遊泳のような具体的な生物の問題では多くのパラメータスタディを要するため改善が必要であった。
そこで、本年度はStokes方程式を近似的に解くregularized Stokeslet法に注目し、計算の低コスト化を図った。また、一様な流れのもとで、境界付近の精子が流れの上流に泳ぐという性質(走流性)に関して、regularized Stokeslet法による流体数値シミュレーションを行った。これにより、精子の走流性が流体力学を中心とした力学的な現象であることがわかった。
また、哺乳類精子は受精の際、卵を覆っている透明帯に付着することが知られている。体外受精の際には無数の精子が透明帯に付着するが、精子の遊泳による力のために卵が回転することが古くから知られてきた。しかし、ほとんどの卵の回転方向が(ガラス基板の上側から見たとき)左回転になっていることは長年受精の神秘として生殖生物学者の中で謎とされてきた。そこで、昨年度から研究を行ってきた境界要素法による高精度の数値計算によって精子1匹が卵に及ぼす力の大きさを数値的に求め、多くの精子が付着した卵の運動に関する数理モデルを構築し、解析することで、一方向の卵の回転現象の解明に迫った。その結果、精子の鞭毛運動のもつchiralityと、ガラス基板と卵の間にはたらく流体相互作用からくる複合的な物理学的なダイナミクスであることが分かった。
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