硫化水素は有毒ガスとして認識されているが、哺乳動物の体内にも存在しており、近年、低濃度では抗酸化作用や抗炎症作用を示すことが報告されている。そのため硫化水素濃度の増加と減少はいずれも生体内機能に悪影響を及ぼす可能性がある。今年度は脊髄における硫化水素合成酵素の発現調節メカニズムについて検討した。ラット脊髄では硫化水素合成酵素のひとつであるcystathionine β-synthase(CBS)がアストロサイトに発現していた。しかし新生ラット脊髄からアストロサイトを培養したところ、ニューロン数の減少に伴ってCBS発現が低下した。一方、胎児ラット脊髄を用いてニューロン・アストロサイトの混合培養系を作製したところ、CBS発現は培養日数に応じて増加した。また新生ラットから分離したアストロサイトに胎児のニューロンを直接播種すると、減少したアストロサイトのCBS発現が回復することもわかった。さらに膜透過型cAMPの添加によっても培養アストロサイトのCBS発現の回復が認められた。CBSの発現レベルと一致して、アストロサイトのみの培養系ではCBSによる硫化水素産生量は低かったが、ニューロン・アストロサイト混合培養系、または膜透過型cAMPを処置したアストロサイトではCBSによる顕著な硫化水素産生が認められた。以上より、脊髄ではニューロンがアストロサイトのCBS発現と硫化水素産生を調節することが明らかとなった。アストロサイト内のcAMPがその調節を媒介している可能性がある。これらの知見は、ニューロン・アストロサイト間の相互作用不全が生体内の適正な硫化水素濃度維持の破綻につながることを示唆するものである。
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