研究概要 |
これまでに、細胞分化初期における骨格筋幹細胞(衛星細胞)から神経軸索成長ガイダンス因子semaphorin 3A(Sema3A)が合成・分泌されることを見出した。Sema3Aは神経系だけでなく免疫系、血管系、骨格系などの細胞に対しても生理機能を発揮するため多機能性細胞制御因子として知られているが、筋細胞に対する機能は全く不明である。本研究ではRNA干渉法を用いたsiRNAトランスフェクション実験系にて、細胞分化初期の衛星細胞でのSema3A合成を阻害し、細胞分化および筋管(幼弱な筋線維)の形成と性質に及ぼす影響を追究した。細胞播種後24時間増殖させ、分化誘導培地に切り換えるとともにSema3A特異的siRNAをトランスフェクションし、筋分化に関わる転写因子myogenin,MyoD,myf5,MRF4の発現変化、筋管形成に及ぼす影響を調べた。その結果、Sema3A siRNA区ではControl siRNA区に比べmyogenin,myf5,MRF4の発現レベルが有意に抑制され、MyoDには発現変化がないことを確認した。しかし、Sema3A siRNA区においても筋管マーカーであるTotal MyHCの陽性細胞が存在すること、ならびにその発現量がControl siRNA区と差がないことを確認した。そこで、Sema3Aの合成を阻害しても形成された筋管では、コントロールと比較して、性質すなわち筋線維型が変化している可能性を考えた。同様にSema3Aノックダウン実験系を用いて、筋線維型マーカー(遅筋型:Slow MyHC,速筋型:Fast MyHC)の発現変化を調べた。その結果、Sema3A siRNA区においてSlow(1型)MyHCの発現が大きく減少した。一方で、Fast(H型)MyHCの発現は増加し、なかでもHx型,Ha型が有意に増加することを確認した。さらに、Sema3Aによる筋線維型特異的MyHCの発現変化が、myogeninを介しているかどうかを確認するため、myogeninノックダウン実験系を用いて検証した。その結果、myogenin siRNA区ではSema3Aノックダウン時と同様にSlow MyHCの発現が減少した。しかし、Fast MyHCの発現増加は確認されなかった。以上をまとめると、分化初期の衛星細胞から合成・分泌されたSema3Aは、細胞に受容されることによってシグナルが伝わりmyogeninを活性化し、Slow MyHCの発現を増加させることが明らかになった。この細胞が互いに融合すると、遅筋型筋線維が形成されると考えられた。筋線維型の変換作用に関するこれまでの報告では、「筋線維に接着した運動神経からのシグナルを介した制御機構仮説」が主流であり、電気刺激や運動刺激の強度や頻度が制御要因と考えられている。しかし、本研究結果から導き出された「衛星細胞自身からの分泌因子による新規筋線維型自律制御機構」はこれとは異なり、学術的に大きなインパクトを持つものとして期待される。
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