研究概要 |
本研究は、認知科学において近年展開されている状況的認知観の哲学的基礎づけを目指す。状況的認知観は、人間の認知の理解において、人間が身体をもち、環境に埋め込まれているという事実を重視するものであり、心の哲学や認知科学の理論的基盤とされてきたデカルト主義的な心の描像に再考を迫るという重要な役割を担っている。 第2年度に当たる本年度は、「どこで心が終わり、残りの世界が始まるのか」という心の境界の問題を形而上学的観点から考察した昨年度に引き続き、この問題を認知科学の研究戦略を巡る方法論的観点から考察し、さらに人間観という観点からその含意を究明した。まず、従来しばしば混同されてきた、Andy Clarkらが提唱している〈拡張した心〉仮説と、Edwin Hutchinsが提唱した〈社会的分散認知〉理論との相違を明らかにした。両者はともに環境に広がった認知プロセスの存在を認めるものの、前者がこうした認知プロセスを個人の認知プロセスと解するのに対して、後者はこれを個人と道具や人間の集団から成る社会文化的システムの認知プロセスと見なすのである。この内、前者が道具使用や集団問題解決を適切に説明できないことを示し、状況的認知の諸事例を説明するための枠組みとして後者を採用すべきことを提案した。さらに、心の境界の問題を人間観を巡る問題として位置づけ、〈拡張した心〉が現象学的、形而上学的、および倫理学的な観点から見て誤った人間観と結び付いたものである、という観点からこれに反論を加えた。上記の論点はいずれも筆者が独自に提案したものであり、認知の状況性の理解に新たな方向性を与えるものである。以上の成果は、(哲学若手研究者フォーラム、大阪大学、立教大学における)三度の学会発表・依頼講演の形で公表した。 この他に、心の境界の問題をテーマとした学位論文を完成する、昨年度の研究成果を国際会議(Yang-Ming Kyoto Workshop on Language, Mind and Action)で発表する、といった成果を得た。
|