本研究は、認知科学において近年展開されている状況的認知観の哲学的基礎づけを目指す。状況的認知観は、人間が身体をもち、環境に埋め込まれているという事実が人間の認知のあり方に影響を及ぼしている、と見なすものであり、心の哲学や認知科学の理論的基盤とされてきた内在主義(デカルト主義)に再考を迫るという点で重要な役割を担っている。 本年度は、(1)状況的認知観の中で有力視されてきた〈拡張した心〉説を批判したこれまでの研究成果の公表を進めるとともに、(2)〈拡張した心〉とは異なる反デカルト主義的な心の描像を独自に構築する作業に取り組んだ。これらの各方向に関して以下の具体的成果が得られた。 (1) 認知の状況性を考慮した認知科学方法論として、個人の認知プロセスが環境に広がっているというクラークらの〈拡張した認知〉説と、環境に広がった認知プロセスの存在を認めつつもそれを個人ではなくアクターの集団から成る社会文化的システムに帰属する〈社会的分散認知〉説を対比し、後者がより優れていることを示した。その成果は国際会議にて報告したほか、現在は海外ジャーナルに論文を投稿中である。 (2) 意識的な知覚経験が環境に広がっているという、ノエ、トンプソンら「エナクティヴィスト」たちが提唱した〈拡張した意識〉説を批判し、これに対する代案として、知覚経験を環境との相互作用と見なしつつもそれを純粋に意識的なものとは見なさないプラグマティズムの知覚観に、より徹底した反デカルト主義の可能性が見出されると論じた。その成果として『哲學研究』に論文が掲載された。また、上記の可能性を具体的に究明する試みとして、ジェイムズの意識論を現在主流の諸説と対比しつつ再構築し、それが意識に関する現代の議論の根本前提を見直すような視座を与えるものであることを示した。その成果は日本現象学会大会で発表し、『現象学年報』への採録が決定した。
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