研究概要 |
イチイ科植物に含まれるタキサンジテルペノイドは、多数の酸素官能基が歪んだ三環性骨格(ABC環)上に密集した合成化学的に極めて興味深い天然物である。昨年度までに(1)[6+2]型付加環化反応によるBC環構築、(2)エポキシニトリルの分子内環化反応によるA環構築、(3)シアノ基の還元的除去に伴う橋頭位二重結合導入法、を鍵工程として、タキサン骨格を有するモデル化合物の合成に成功した。本年度ではこの戦略に基づき天然物タキシンBの全合成研究を行った。 タキシンBの全合成研究にあたり課題となったのが、モデル化合物とは全く異なるBC環の両核間位の構築であった。まずこれを解決するべく[6+2]型付加環化反応の基質を再度検討した。その結果、o-クレゾールより導かれる6員環エノールシリルエーテルとアセチレンジコバルト錯体との付加環化反応によって核間位メチル基が導入されたビシクロケトンが高収率で得られた。もう一方の核間位については三級水酸基の還元的な除去が必要であった。まず既存の反応による還元を試みたが、立体選択性に乏しい結果となった。そこでジアゼン(H-N=N-R)と呼ばれる化学種の特性に着目し、アリルアミン誘導体のジアゼンを経由した立体特異的な分子内還元反応を新たに開発した。これによりトランス縮環部位を備えたBC環セグメントの構築に成功した。その後、シアノ基を有するアルキル側鎖の導入と8員環上オレフィンのエポキシ化によって環化前駆体を合成した。モデル化合物とは異なりこのエポキシニトリルの分子内環化反応は困難であったが、キシレン溶媒の加熱還流下にKHMDSを滴下する方法によりA環部6員環の構築に成功した。A環部の橋頭位二重結合は、モデル化合物で見出した方法と同様にβ, γ-エポキシニトリルのLDBB還元によって導入した。以上により、高度に歪んだタキシンBの基本骨格を構築することに成功した。
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