研究概要 |
高齢化社会が加速する近年、認知症患者の急増は大きな社会問題となっている。レビー小体型認知症の特徴として物体・空間認識障害、幻覚などの視覚認知障害があり、アセチルコリン(ACh)分解酵素の阻害薬である塩酸ドネペジルの投与により、これらの症状が劇的に改善することが報告されているが、AChが視覚皮質での視覚情報処理に果たす役割は未解明のままである。 先行研究にて、AChが麻酔下のサル(Soma et al., 2012)、およびラット(Soma et al., 2013a)の一次視覚野(V1)において反応ゲインを調節していることを見出しが、覚醒動物においてAChによる反応ゲイン調節がどのような視知覚を引き起こすのかは分かっていない。 本研究では、まず、V1におけるAChの影響範囲をより実際に近い状態に近づけるため、浸潤投与法によるAChの影響を検討した。AChを浸潤投与法によりV1の広域に作用させた場合も、イオン泳動法による局所投与の場合と同じように(Soma et al., 2012 ; 2013a)、反応ゲイン調節が観察され、さらに、浸潤投与法では機能分化したV1の6層構造において異なる修飾効果も観察され、高次視覚野へ信号を出力する2/3層では無駄な神経活動を抑え、視覚刺激の位相情報だけを出力していることを確認した(Soma et al., 2013b)。この結果は、AChがV1に作用することにより視覚刺激の検出能を高めることを示唆している。そこで、ラットに視覚刺激検出課題を実施するためのシステムを構築し、この仮説を検証した。塩酸ドネペジルの腹腔内投与によりラットの脳内ACh濃度を上昇させたところ、コントラスト感度は検出課題の難易度に依存して改善されることを見出した(Soma et al., 2013c)。今後、正常な動物のコントラスト感度の変化とAChの神経活動の修飾効果との因果関係を調べることで、認知症患者における視覚障害改善の手掛かりを得られると考えている。
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