本研究は、デカルト(1596-1650)の哲学を中心とする17-18世紀フランスにおける「人間」理解を巡る思想史的研究を通じて、デカルト哲学における「人間」の概念、デカルトにおける人間学の内実を明らかにしようとするものである。当該年度において、そのための予備的作業として、1、「能動」、「受動」というデカルトの心身論において重要な概念の後期スコラ哲学における用法の調査、2、デカルトの心身論における因果性の概念を「能動」「受動」「意志(的行為)「力」といった概念に注目することによって整理すること、以上を実施した。得られた成果は以下である。(1)後期スコラ哲学を代表する哲学者フランシスコ・スアレス(1548-1617)の主著『形而上学的討究』(1597年)の関連箇所(第48討究~第49討究)を検討した。当該箇所はデカルトにおける「能動」、「受動」の概念との類縁性が指摘できる。しかし、調査の結果、第一に、デカルトの場合には「能動」「受動」が精神と身体の厳密な区別を前提して使用されていること、少なくとも表現上は、「能動」、「受動」が「原因」、「結果」という語によって規定されていないなど、スアレスとでデカルトとの差異もまた見出された。(2)身体から区別される精神としての「私」の能動性は、デカルトの形而上学的主著である『省察』(1641年)において自由な「意志」として見出される。『情念論』では、この意志の働きが、精神と身体の結合に由来する受動性に対して抵抗し、統御することを契機として、一個の人間としての「私」の能動性としても捉えられ、「人間」を対象とする「道徳」の場が見出される。このように、「能動」、「受動」という概念が、形而上学から「人間」が主題となる道徳論への学問的統一の結節点として重要であるとの知見を得た。
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