本研究の目的は、培養神経回路網で生じるダイナミクスに寄与する分子を明らかにすることである。ラット胎児大脳皮質由来神経細胞を1ヶ月超に渡って長期培養し、多電極システムを用いて培養神経回路網で生じるスパイクを計測・解析した結果、培養7日目ほどで生じ始めたランダムなスパイク列は、培養14日目ほどにはバースト状のスパイクが複数のニューロンで同期する同期バーストへと移行し、この同期バーストは培養1ヶ月超に渡って維持されることが明らかとなった。この回路ダイナミクスを引き起こす分子を明らかにするために、逆転写PCR法を用い、培養神経回路網の長期発達過程における遺伝子発現解析を行ったところ、Arc、c-fos、egr1等の最初期遺伝子群が培養2週目以降に発現する傾向が確認できた。そこで遺伝子発現を定量的に調べるために、リアルタイムPCRを用いて定量解析を行った。その結果、転写因子であるCreb1遺伝子は、培養28日間に渡ってほぼ一定の発現量が見られた。一方、最初期遺伝子の一つであるArcの発現は培養10日目に約2倍に上昇し、14日目には約12倍まで上昇した。その後発現量は緩やかに下降し、28日目には1日目の基準まで減少した。同様に最初期遺伝子の一つであるc-fosの発現は、培養14日目から上昇し始め、その後徐々に上昇し、28日目には約6倍となった。このように、転写因子であるCreb1が常に一定量発現しているのに対し、最初期遺伝子であるArcおよびc-fosは培養10日目、14日目から発現が上昇するという違いが見られた。同じ最初期遺伝子でも、Arcとc-fosの発現上昇については異なった挙動が見られたのは興味深い。これら最初期遺伝子の発現上昇時期と同期バーストが生じる時期がほぼ一致しており、同期バーストの発生には転写因子の活性化による最初期遺伝子の発現が関係していることが示唆された。
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