本年度は昨年度に引き続き、中国と日本の接触面において、世俗的な文化のダイナミズムを理論的に考察するとともに、近世から近現代にかけての東アジアの文化創造の原理を「物語」を中心にして把握することを試みた。とりわけ、中国と日本とでは物語文学(フィクション)に対する評価の度合いが大きく違っている。この問題に注目しながら、私は折口信夫の物語論を詳しく検証する論考を発表した。折口の物語論としては「貴種流離譚」がよく知られているが、それは彼の理論のほんの一部にすぎないことを、私は論証しようとした。興味深いことに、折口の言説のなかには、中国文学との差異のなかで日本文学を捉えようとする視座があった。
以上に加えて、本年度の後半は香港のデモ(雨傘運動)の取材に赴き、複数の媒体でその報告をおこなった。それはたんなるジャーナリスティックなレポートというよりも、東アジアの大衆文化が若者の政治的動員とどう結びついていたのか、民主化を求める運動がいったいどういう文化的感性のもとで可能になったのかを考察するものであった。私はもともと院生時代から、中国の大衆文化の公共的機能に関心があり、今回もその問題意識の延長線上で、日本のサブカルチャーを受け入れた香港の若者の政治化=公共化に焦点をあてた。香港における日本のサブカルチャーと政治運動の融合は、いわゆる「クールジャパン」論のような一国史観的かつナルシスティックな大衆文化論を離れ、文化の「越境」を考える手がかりを与えてくれるものでもあった。
以上のように、本年度はもっぱら日本と中国のあいだに立ちながら(1)物語文学に対する歴史的な評価を跡づけること、(2)政治的・文化的な変動のなかに置かれたポストコロニアルな商業都市・香港をフィールドワークし、大衆文化の地域間交流の行方を探ること。およそ、この二点に関して相応の成果を収めることができたと考えている。
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