研究概要 |
2010年にアラスカ,グルカナ氷河上で採取されたクリオコナイト(鉱物粒子と主に氷河上微生物で構成される有機物の集合体)に含まれるSr(ストロンチウム)とNd(ネオジム)の同位体比を測定した結果,鉱物成分の同位体比は氷河上流域と下流域で大きく異なり,それぞれアラスカ内陸域のレス,氷河周辺モレーンに近い値を示した.この結果は,クリオコナイトの鉱物組成および元素組成にも反映されていたことから,グルカナ氷河上の鉱物には複数の供給源が存在し,上流域にはアラスカ周辺の風成塵(大気降下物),下流域にはモレーンが多く供給されていると考えられる.有機物成分の同位体比も標高によって大きく異なり,その値はいずれも塩類,炭酸塩鉱物とリン酸塩鉱物との中間の値を示した.これは,微生物がこれら3つの鉱物に由来するCaを吸収しており,場所によってその割合が異なることを示している.次に,2000年に氷河上で採取されたクリオコナイトの同位体比を測定して2010年の値と比較した結果,鉱物成分では2つの年で値が大きく異なり,2000年はアラスカのレスよりも中国の砂漠に近い値を示した.このことから,2000年にはこのようなアジアの砂漠からも鉱物が供給されていたと考えられる,一方,有機物成分については微生物の栄養塩源となる鉱物の種類に変化はないが,リン酸塩鉱物由来のCaを利用する割合が増加したことがわかった.以上のように,本研究ではアラスカの氷河上微生物が利用する栄養塩源鉱物の供給源やその種類が氷河上の場所によって異なり,さらに,周囲の環境条件とともに時間変化することを明らかにした.これは,氷河上への鉱物(大気降下物)供給の違いが微生物の生態に影響を及ぼしている可能性があることを示している.本研究の成果によって,まだその詳細がほとんどわかっていない氷河上微生物の生態や,微生物の活動が氷河変動に与える影響への理解が進むと考えられ,その社会的意義は大きい.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
当初の計画では,平成24年度中に一度,本研究結果をまとめ,論文として学会誌に投稿する予定であったが,博士論文の作成に追われていて論文の投稿が遅れてしまっているため.
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今後の研究の推進方策 |
本研究課題を進めるにあたって,まずクリオコナイトの成分ごとの元素組成分析を行う.今回は成分を分けず,クリオコナイト全体の元素組成を分析したが,成分を分けることによって微生物が取り込む栄養塩の違いを,よりはっきりと示すことができると考えられる.また,近年,北極域に位置するグリーンランド氷床において氷河上微生物の活動による氷河の暗色化が進行していることが報告されていることから,グリーンランド氷床のクリオコナイトのSr-Nd同位体比,鉱物組成,および元素組成について分析を行い,これまでに得られているアラスカのクリオコナイトの結果と比較して極域の氷河上微生物への大気降下物の影響をより広い範囲で明らかにする.
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