本研究の目的は、五蘊を軸に初期経典から有部後期への範疇論の展開を明らかにし、さらに『中観五蘊論』の分析を通じて、大乗中観派におけるアビダルマ範疇論に対する理解の一端を解明することにある。 前年度末のオーストリア科学アカデミー(アジア文化思想史研究所)における研究の遂行により、インド仏教最後期の論書である『牟尼意趣荘厳』の範疇論解説が『中観五蘊論』に依拠することが明らかとなった。李学竹、加納和雄両氏のご厚意により、『牟尼意趣荘厳』の当該部分の梵文テキストの校訂を優先的に進めて頂き、報告者もその研究に同席する機会を得た(両氏の研究成果は『密教文化』234号に収録)。以上により、蔵訳でのみ現存する『中観五蘊論』の原文が部分的に回収され、報告者が製作中の蔵訳批判校訂本と和訳の精度を上げることに成功した。公開までに若干の修正を必要とするが、以上により『中観五蘊論』のテキスト研究を凡そ完了することが出来た。 五蘊に関する思想研究では、前年度までの成果を総合し、初期経典から有部後期に至る五蘊の展開史を描き出し、特に有部の後期アビダルマにおける存在分析の目的に注目して、範疇論の解説において五蘊が主要な役割を担う理由について考察した。また『中観五蘊論』の思想研究では、法の自性性が巧みに回避され、アビダルマ範疇論の〈重要な教理概念の定義一覧〉としての側面が重視される点を指摘し、大乗中観派のアビダルマ範疇論に対する基礎教学としての理解の一端を明らかにした。テキスト研究と同様に、公開までに若干の修正を要するが、以上により思想研究を凡そ完了することが出来た。 本研究の成果は報告者が執筆を進めている博士論文の中核をなす。博士号の取得の際しては、博士論文がWeb上で公開され、本研究の成果もWeb上で閲覧可能となる。また、博士号取得後の早い段階で、博士論文を研究書として出版することを予定している。
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