本年度は,視覚刺激の処理速度が視聴覚統合に与える影響について,これまで行った研究を補足するための実験,および脳波計測による生理データからの裏付けの実験を実施した。 これまでの研究から,視覚刺激の処理速度の違いが,視聴覚統合処理に影響を与えることが見出されている。2年目に研究で,視覚刺激の空間周波数による処理速度の操作によって,視覚刺激と聴覚刺激の同期知覚が変容することを発見している。そこで,この同期知覚の変容が視聴覚統合によって生じる錯覚現象にも波及することを,分裂錯覚と呼ばれる現象を用いて検討した。実験の結果,処理速度の遅い高空間周波数刺激では,分裂錯覚が生じにくいことが確認された。したがって,視覚刺激の処理速度が異なることによる視聴覚統合処理の影響の背景に,視聴覚間の同期知覚の変容が存在することが示唆された。 また,以上のような視覚刺激の処理速度による視聴覚統合への影響を示す行動データを,生理指標によって裏付けるため,複雑さによって処理速度を操作した視覚刺激を使用した分裂錯覚の生起時の脳波の計測を行った。分裂錯覚を用いた脳波の計測実験では,先行研究よりPD120,PD160,ND270という3つの事象関連電位 (ERP) 成分が観察されることが報告されている。この3つのERP成分に注目して分析を行ったところ,ND270だけは処理速度の遅い複雑な視覚刺激では観察されなかった。したがって,ND270が反映している視聴覚統合処理は,複雑な視覚刺激では生じにくいことが示された。 以上の研究から,視聴覚情報の統合過程では視覚処理の処理速度によって同期知覚が変容し,視聴覚統合処理全体にも影響が生じることが,心理物理実験および神経生理実験の結果から明らかとなった。また,この処理速度の影響は,比較的低次から高次までの視覚処理過程の様々な処理段階において生じることが示された。
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