本研究は、これまで科学的に扱われることのなかった干潟の炭素循環に果たす役割を、そこに生息するベントスの体外分泌性のセルラーゼに注目して明らかにしたものである。汽水域の干潟などに生息するヤマトシジミは濾過食者であることから、すべての栄養源を水に懸濁した状態で摂取している。これまでこのような濾過食者が能動的に体外に酵素を分泌して、体外の有機物を分解していることは全く報告されていなかったが、本研究はヤマトシジミのセルラーゼのアミノ末端に存在するCBMと呼ばれるセルロース結合ドメインに注目し、CBM-GFP融合タンパク質を用いた視覚的検出により、ヤマトシジミのセルラーゼのCBMが実際にヨシなどの植物残渣に結合能を有することを示すことに世界で初めて成功し、これまで機能が不明であった水生生物由来のCBMが流水環境においてある種のアンカーとして機能していることを証明した。 また、本研究はCBMを介してセルロースに結合したヤマトシジミのセルラーゼが実際にセルロースを分解して低分子糖を生成すること、このようにして生じたグルコースがヤマトシジミに吸収されていること、土壌中の非晶質アルミニウムの分泌された酵素結合に果たすことなどを示唆する結果を得ることにも成功した。 以上のことから、これまで仮説にとどまっていた底泥バイオリアクター説が、単なる仮説ではなく、定説として成立する可能性を示したことも価値あることと考える。「環境酵素」という概念を提示したことは、この分野に飛躍的な進歩をもたらした。 これらの知見は、これまで生物の観点から論じられることの多かった干潟の保全には、その地域特有の土壌の特性にも注意を払う必要があることを示唆しており、特に我が国のように地域による土壌特性が多様な国土を持つ国の、沿岸保全に新たな視点をもたらすものとして評価できる。
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