本年度は研究を総括するべく、タイ国のカレン社会を事例にプロテスタント派キリスト教と村人の宗教実践や社会経済関係との相互作用やその動態を人類学的に考察し、以下のように研究成果を公表した。 国際タイ学会では、バプテスト教会と市場経済の影響下でカレンの労働を取り巻く状況がいかに変容してきたのか、新しく形成されつつある労働規範が現在の村人の生活をいかに規定しているのかについて発表を行った。中でも村人の勤勉たらんとする労働姿勢や生活と時間の律し方、労働の目的意識の変容、自己開発と就労選択への向き合い方を明らかにした。そして、労働をめぐる諸規範が形成される一方で、村人はイチゴ栽培の合理的経営に乗り出し、労働と教会活動への参与のバランスの調節を迫られること、それが再帰的に教会活動への参与や信仰実践にも変容を及ぼすことを指摘した。 学位申請論文では、改宗後既に2-3世代が経過したキリスト教徒カレン地域を対象に、エスニシティや教義といった側面ではなく、教会活動が大きな比重を占める村人の日常生活の検証から、ローカルに展開する社会経済関係の変化とキリスト教のもたらしたイデオロギーや実践との相互作用の過程を明らかにした。キリスト教受容と換金作物栽培導入の過程でそれ以前の規範や生活スタイルが持続・変容する中で、カレンはいかに労働と援助の概念を基軸に宗教実践に携わり、両者のバランスを形成してきたのか。またそれによってどのような新たな社会経済関係を構築しているのか。彼らの労働や社会関係をめぐる日常実践は教会で強調される労働規範、奉仕や施しの理念に大きく影響を受けるが、他方で、それらが教会を中心とする宗教実践への参与を規定してもいることを描き出した。 また2013年より現在まで継続して東南アジア学会関西例会委員を務め、累計12回の研究会を開催する中で、東南アジア研究者と幅広く交流しネットワーク形成にも努めた。
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