本年度は、1520年代前半のコレッジョが主題に備わる意味内容を深く理解し、作品の設置場所の機能に適した造形表現を探求していたという前年度の調査結果を踏まえ、①こうした試みが本研究課題の対象である《美徳の寓意》と《悪徳の寓意》を含む画業後期の作品制作へといかに展開していくのかを跡付けること。②《美徳の寓意》と《悪徳の寓意》の示す造形的特徴が、当時画家の周辺で流布していた思想や、ストゥディオーロの機能といかに関係付けられるかを考察することを目指した。 第一の点に関しては、ドレスデン国立美術館における作品調査に基づき、コレッジョの1520年代の祭壇画を対象に、画家が援用した構図、人物像の視線や身振り、光線や雲などのモチーフ、画面構成、色彩、輪郭線、彩色法などの項目の下に整理し、「天上/地上」、「聖なる存在/人間」、「現実空間/絵画空間」の関係性を作り出した彼の一連の作品の造形言語、手法、様式的差異を分析した。それにより、コレッジョが以前に用いた構図や人物構成、光線の扱い方、個々の人物像の姿態などの造形言語や手法を借用しつつも、本作品では対作品の対称性や《美徳の寓意》の階層構造を構築していることが明かとなった。主題の内容や設置場所の機能と結びつけたコレッジョ作品に対する理解は、従来の単線的な様式観に対し、新たな切り口を提供するという点で意義を持つ。 第二の点に関しては、コレッジョと深い関係を結んでいたカッシーノ会の神学的思想、及び、《美徳の寓意》と《悪徳の寓意》の注文時にマントヴァ宮廷で重要な役割を果たしていたマリオ・エクイコラの新プラトン主義的思想に焦点を当て、これらを主な軸として、上で分析した画家の様式変遷との照合を試みた。その結果、コレッジョが描写する「地上と天上」の関係性に1520-30年の十年間で変化が跡付けられたが、そこにはカッシーノ会の思想的変遷と結びつく可能性が推測される。
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