平成25年度は「湾岸アラブ産油国と中東紛争―アラブの石油戦略の分析―」という研究課題を明らかにするために多くの研究発表を行った。論文「サウディアラビアとクウェートの石油政策と第一次石油危機、一九七〇年―一九七四年」では、国内世論や国民議会の影響を受けたクウェート政府がパレスチナ問題についてより大胆な政策(イスラエルを支援した米等への石油禁輸)を取らざるを得なくなった過程を解明した。こうしたクウェートの言わばボトムアップ型の政策決定に対し、サウディアラビアはトップダウン型で政策決定をしていた。すなわち、サウディアラビアの石油禁輸措置はエジプトのサダト大統領からの働きかけを受けたファイサル国主が決断したという面が大きかった。学会発表「サウディアラビアの石油政策とパレスチナ問題、1945年―1949年」では、サウディアラビアの政治指導者がイスラエル建国を支持したアメリカに猛烈に反発した様子をサウディアラビア側の一次資料も用いて明らかにした。ただし政治指導者の間ではアメリカへの反発に温度差も見られた。この点を更に掘り下げるため、2013年11月にはアメリカの国立公文書館でアメリカ側の史料収集も行った。論文「サウディアラビア、クウェートの石油政策とアラブ・イスラエル紛争、2000年~2012年」では、2000年代のイスラエル・パレスチナ紛争と、それに対するサウディアラビア、クウェート等の湾岸諸国の反応を議論した。イスラエル・パレスチナ紛争は湾岸諸国の国民感情を逆なでするものであったが、サウディアラビアやクウェートの政治指導者は冷静にこれに対処し、石油市場が大きな混乱に陥ることはなかった。こうした論文・学会発表とは別に、市民向け講座で近年の湾岸諸国・パレスチナ問題関係を概説するアウトリーチ活動も実施した。
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