血液と接した環境で使用されるデバイスには、タンパク質吸着や血小板粘着を抑制するバイオイナート特性が要求される。前年度までに、水界面におけるポリ(アクリル酸2-メトキシエチル)(PMEA)の運動性について、PMEAの分子量の低下とともに速くなることを見出した。しかしながら、PMEA主鎖の熱運動性に関する情報が十分でない。本年度では、誘電緩和測定に基づき水界面におけるPMEAの運動性を考察することを目的とした。 試料として、異なる3つの数平均分子量の単分散PMEAを用いた。PMEAは、湿潤環境下に静置することで含水させた。PMEAの分子鎖熱運動性は、誘電緩和測定に基づき評価した。 PMEAの誘電緩和スペクトルから主鎖(α)および側鎖(β)緩和に由来する2つのピークが観測された。α過程の緩和温度は含水率(φH2O)の増加に伴い低温側へシフトした。これは、セグメント運動が含水率とともに速くなることを示している。一方、β過程はφH2Oに依存しなかった。以前行った中性子反射率測定より、(PMEA/水)界面におけるφH2Oは56 vol%であることがわかっている。Gordon-Taylor式およびVogel-Fulcher-Tamman (VFT)式を用いて算出したφH2O = 56 vol%における室温(r.t.)におけるα過程の緩和時間(τα(r.t.))は2.9 nsであり、これはτβ(r.t.)と同程度である。この結果は、PMEAは水界面で著しく速く運動していることを示している。また、PMEAの分子量が小さいほどτα(r.t.)は小さく、運動性が活性化されることがわかる。以上の結果から、水界面においてPMEA主鎖の熱運動は低分子量体ほど活性化されており、このことが、界面近傍の水分子の凝集構造の乱雑化、ひいては、バイオイナート特性を発現する支配因子であると結論できる。
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