研究概要 |
物語を読むときには,読者はその物語世界に没入し,文体に注目したり登場人物の行動などから自己洞察を深めたりといった物語体験をすることがある。本研究では物語体験の1)下位概念間の関係,2)心理特性との関連,3)読みにおける役割について検討を行っている。本年度はこれらの検討のために二つの調査を実施し,また物語体験の中心概念である「没入」についてレビューを行った。 第1の調査として,社会人800名を対象に,物語体験と,批判的思考傾向および読書習慣との関係について検討した。分析の結果,物語体験のうち読書に没頭する傾向が小説を読む頻度に強く影響し,物語に没入する傾向は作者や自己に関する洞察に影響すること,そして没頭する傾向と没入する傾向との間には強い関連性のあることが示された。一方で批判的思考態度は読解時の自己洞察に影響することが明らかとなった。 第2の調査として,物語の没入状態を測定する移入尺度(Green & Brock, 2000)の日本語版を作成し,思考抽出法が読解時の没入を阻害しないかどうかを大学生36名を対象に予備的に検討した。その結果,読解時の思考抽出課題は移入得点を低下させることが明らかとなった。また,同時に物語体験特性が移入状態に与える影響を検討したところ,作品世界へ没入する傾向のみが移入に対して有意な影響を持つことが示された。 以上のような実証的検討と並行して,物語への没入体験について扱ったこれまでの研究を概観し,心理学や文学など広範な分野で検討されてきた「物語世界への没入」という概念が六つの下位概念で構成されている可能性を指摘した。またこれまでの報告者の研究などを元に,物語世界への没入が物語理解そのものを促進するという新たなモデルを提唱した。 以上のような結果は,物語理解とそれに伴う思考との関連を解明し,語りを通した他者の体験の理解という人間の社会性を支える重要な側面の統合的解明に役立つものと考える。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
当初計画していた三つの研究計画のうち,現段階で第1の研究についてはほぼ完遂し,第2の研究についても予備調査によって実験計画を策定する段階に達している。また当該年度の研究成果については以下の報告の通り学会発表を行っており,論文執筆も遂行中であり,おおむね当初の計画通りに進んでいるものと考える。
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今後の研究の推進方策 |
第2の研究計画については,現在予備調査のデータを分析中であり,これが終了次第,本実験の研究計画を速やかにまとめ,実施する予定である。また残る第3の研究計画についても,第2の研究と同じ課題を用いることを計画しているため,本年度中の実施に関しては現状においては可能と考えている。従って,研究計画についての大きな変更はしない予定である。
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