1. D-セリンが雌マウスの恐怖消去トレーニング中の恐怖反応の低下を抑制した。これに対し、MK-801は恐怖消去トレーニング中の恐怖反応の低下を促進した。しかしながら、D-セリン投与によって活動量が増加し、MK-801投与によって活動量が低下したため、メスにおけるD-セリンとMK-801投与による恐怖消去トレーニング中の恐怖反応への影響の背景に活動量の変化がある可能性が示唆された。一方、D-セリンは恐怖消去記憶の長期的な保持も低下させた。さらに、D-サイクロセリンは活動量に影響を与えずに、恐怖消去記憶の長期的な保持を低下させた。これらの結果より、雌マウスでは恐怖消去記憶の保持においてNMDA受容体のグリシンサイトが抑制的に働く可能性が示唆された。昨年度および本年度の結果から、NMDA受容体を標的とした薬物の効果には性差がある可能性が示された。現在、D-サイクロセリンは恐怖関連疾患に対する新たな治療薬候補として臨床研究がなされているが、その結果は研究間で一致しない。本研究はこのような治療効果の差の解明に寄与する可能性がある。 2. 成体期の雄マウスでは恐怖消去トレーニング後に背側海馬および前頭前野においてExtracellular signal-regulated kinase (ERK)のリン酸化が高まったが、雌マウスではそのような差は認められなかった。これらの結果より、恐怖消去後のERKのリン酸化には性差があることが示された。背側海馬および前頭前野は恐怖消去に関与する部位であり、ERKはNMDA受容体の下流に存在するシグナル分子であるので、成果1. の結果を考慮すると、海馬および前頭前野でのNMDA受容体-ERKシグナル経路が恐怖消去の性差の分子背景として寄与する可能性がある。恐怖関連疾患ではその有病率が女性の方が男性に比べ高い。本研究結果は、初めて有病率の性差の生物学的背景に関与する分子機構候補を提示するものであるため、その新規性は高く、今後この分子機構候補を検証することで有病率の性差の解明および個別医療に寄与することが考えられる。
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