報告者は今年度の半分以上をハンブルク大学アジアアフリカ研究所での研究遂行に費やした。当地では主に三つの作業を並行して行った。1)マンダナ著作『スポータの論証』の翻訳研究:当該文献及びその注釈を、後半部を中心に翻訳した。論題のひとつとして、言語認識における「誤った認識」とはどのように「誤って」いるのか、というテーマでマンダナが自身のスポータ理論を説明する箇所において、従来他文献での同様の議論に引き摺られマンダナの独自性は語られてこなかったが、報告者は彼の「誤った」のニュアンスが他文献とは異なることを明らかにした。2)ハンブルク大学のHarunaga Isaacson教授の協力を得て、仏教経量部ダルマキールティ著作『プラマーナ・ヴァールッティカ』中の、『スポータの論証』引用箇所を写本を用いながら検討した。マンダナとダルマキールティの言及関係については先行研究は殆どカバーしておらず、思想交流の内容が明らかではなかった。報告者はこの研究によって、経量部の言語論とマンダナの言語論の違いと、論争が起こる原因を明らかにした。3)マンダナの後期の著作『ブラフマンの立証』第一章の読解研究を、ネパール写本研究所の張本研吾先生の協力を得つつ行った。『ブラフマンの立証』では知識と行為の関係が説かれるが、それは『スポータの論証』で展開される言語哲学と本質的には同一であり、マンダナの言語論の根幹を究明する大きな手がかりとなる。第一章の内容は哲学的には聖典解釈学派知識部に立脚するものであるため、報告者は知識部の研究者を交えた研究会という形を採り、当時の知識部の主張とマンダナの主張の相違の検討も行った。
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