研究課題/領域番号 |
12J05965
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研究機関 | 九州大学 |
研究代表者 |
原口 大輔 九州大学, 人文科学研究院, 特別研究員(DC1)
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キーワード | 徳川家 / 政治史 / 貴族院 / 帝国議会 / 華族 / ワシントン会議 |
研究概要 |
本年度は、まず国立国会図書館憲政資料室を中心に諸史料群から家達が発給した書翰類を調査し整理した。ここで発見された約300点を超える家達の書翰は政治家や華族としての家達の一面を分析する上で極めて有用なものであり、詳細な検討を施す素地を整えた。 次に、政治家・華族としての徳川家達を検討するために、(1)大正三年三月末、大正天皇より組閣の大命を降下されるものの、翌日拝辞した一件の意義、(2)大正十年に開催されたワシントン会議において日本全権の一人に選ばれた家達の行動を検討した。 (1)これまで「徳川内閣」は山県有朋が清浦奎吾内閣を成立させるためのあて馬であったと評されてきた。しかし、大正政変以来山県への強い批判が渦巻く中、山県が「清浦内閣」を生みだすためだけに「徳川内閣」を選択するのは単純な理解ではないか、という観点から当該期の元老会議の内容、及び各種政治勢力の分析をおこなった。その結果、家達の有する貴族院議員への「公平」さと政友会(衆議院)との裏面における「友好」が「徳川内閣」選択のカギであり、先行研究で単なるエピソードとして付されていた見解に修正を迫った。これは現在、論文として投稿中である。 (2)海軍問題や極東問題が中心議題となったワシントン会議において、なぜ貴族院議長である家達が全権に選ばれたのか、また家達はいかなる行動を採ったのかを検討した。この背景には原敬首相が家達に他国全権との「交際(パーティ外交)」を期待したこと、及び貴族院対策があった。しかし、これまで「公平」、「無色透明」と評されていた家達が全権となり、海軍軍縮、親米英を主張したことは、それらに反対する政治勢力からの批判を招くきっかけとなった。これは平成24年12月9日、九州史学会日本史部会で「徳川家達とワシントン会議」として口頭報告を行い、現在論文として投稿中である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
国立国会図書館憲政資料室での調査が順調であった。この過程で、他にも家達書翰を所蔵している博物館などの情報を得た。次年度の課題である。また、二つの研究発表を論文として投稿するのに、若干時間がかかったが、おおむね順調である。
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今後の研究の推進方策 |
今後は、まず研究成果を論文として公表できるようにすることが第一の課題である。また、政治史に留まらない家達を分析するために、慶喜との関係や、近代日本の言説空間の中で徳川宗家がどのように扱われているのかを検討することが必要であり、慶喜関係の史料の蒐集や、当時の総合雑誌、教科書といったものの検討を行う。
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