病原体の中には、感染により宿主の行動を変化させるものが多く存在するが、病原体による宿主行動操作の分子メカニズムはほとんど解明されていない。バキュロウイルスは主にチョウ目昆虫の幼虫に感染する昆虫ウイルスで、感染幼虫は感染末期に異常な徘徊行動(Enhanced Locomotory Activity: ELA)を起こすことが古くから知られている。本研究は、バキュロウイルスの一種であるBmNPVとその宿主昆虫であるカイコを用いて、ウイルスによる宿主昆虫行動操作メカニズムの全容を明らかにすることを目的としている。 これまでに、BmNPVのarif-1遺伝子を欠損すると全身感染効率が低下し、結果として脳におけるウイルス感染が遅延することでELAが惹起されなくなる可能性が示唆されている。そこで、H26年度はarif-1の詳細な機能解析を行った。GFP融合タンパク質を用いた細胞内局在解析の結果、ARIF-1は細胞膜局在し、C末端側が切断されて細胞質中に放出されることが示唆された。arif-1に関する研究成果の一部は論文化し、Journal of General Virology誌に発表した。またBmNPVの変異株を用いた行動スクリーニングの結果、Bm5遺伝子に導入した変異もELAの惹起に影響することを見出した。更なる詳細な解析の結果、BM5は核内の核膜近傍に局在し、ウイルス粒子の産生や感染後期におけるウイルス遺伝子発現制御に関与することが明らかになった。 本研究ではまた、ELAの実行因子を同定するため、ELA惹起時に脳で発現量が変動する宿主遺伝子を探索した。RNA-seq解析やその後の詳細な発現解析の結果、ELAの最中に発現量が上昇する遺伝子を2個、ELA惹起直前から発現量が低下する遺伝子を9個見出した。しかしながら、各遺伝子を神経細胞特異的に発現させても感染幼虫のELAに影響は見られなかったことから、これらの発現変動遺伝子とELAの因果関係の解明には更なる詳細な解析が必要である。
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