研究課題/領域番号 |
12J06122
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研究機関 | 九州大学 |
研究代表者 |
加藤 絢子 九州大学, 比較社会文化研究院, 特別研究員(PD)
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キーワード | 樺太先住民 / 植民地法 / 引揚げ史 / 国境 |
研究概要 |
報告者は、日本統治期における樺太先住民の法的地位の実態を明かにすべく、サハリン国立公文書館が所蔵する樺太庁豊原警察署および樺太地方裁判所の資料併せて約50ファイルを閲覧した。その結果、先住民に関する判例資料を見つけることはできなかったが、その他の司法関連資料から以下の研究上の成果を得ることができた。すなわち、(1)豊原地方裁判所検事局が明治40年勅令第94号の先住民に関する特例法の運用上、疑義を生じさせるケースがあったこと、(2)豊原警察署の取り締まり対象に少なくともアイヌ民族が含まれていたこと(3)行啓の「特別警戒対象」に先住民族(「土人」)が含まれていたこと、である。 さらに、同警察署の資料から、樺太における国境取締法施行に際して、警察署管内での取締業務がどのようにおこなわれていたのかが明かとなった。これらの資料は先住民の法的地位に直接関わるものではないが、越境ルートに通じていること等から日ソ(日露)の情報収集に利用されてきた先住民の歴史的背景を理解する上で必要である。そして、朝鮮や台湾と比べて内地的性格が強いことが従来の先行研究で言及されてきた樺太において、同地の国境取締状況をあきらかにすることにより、樺太の外地性(隣接するソ連との関係)を検討することにもなり、報告者の最終的な研究目的である、日本帝国の植民地政策上における樺太の位置づけを補強する成果となった。 このほか、戦後の樺太先住民の引揚げ状況を明かにすべく、先住民の一部が引揚げたとされる北海道常呂町にて引揚げ当時の資料を調査した。まず、同町を含めた地域の地方新聞である『北見新聞』(北見市立中央図書館所蔵)の1946年から1955年分までを閲覧し、先住民関係および引揚げ関係の記事を調査した。また、北見市立中央図書館および同市立常呂図書館にて、先住民による網走支庁への国有地払下の土地給付要請に関する、北見営林署および関連地域の市町史、常呂町漁協関係の資料を閲覧した。そのほか、同常呂図書館館長より、引揚げ当時の常呂町の状況や先住民が引揚げたとされる土地についての情報を得た。また、常呂町と隣接している網走市議会資料室にて、土地給付要請後の市議会議事録を閲覧した。 今回の北見、網走、常呂における現地調査で得た資料と、先行研究で既に明かになっている資料を照合した結果、従来明かになっていた僅かな先住民に関する引揚げ情報も、資料によって記述内容の相違がみられ、メディア資料等二次的な史料における引揚げ状況の実証作業が困難であることが確認できた。また、地元の自治体レベルの資料でも先住民の存在を確認できる可能性が低いという推測に達した。また、上記2点のサハリン、北海道調査の補足作業として、一般的な樺太からの引揚げ体験を知るべく、東京にて太引揚者2名からの聞き取りを共同でおこなった。同調査にて、戦前樺太において和人が先住民をほとんど意識して生活していなかったことがうかがえた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
サハリン国立公文書館での樺太庁関係資料の閲覧によって、先住民に対する警察署の取締り状況や、彼らの歴史的背景の特徴である国境問題について明かにすることはできたが、研究目的の主眼である先住民に関する法制度の施行状況を体系化できるほどの判例資料を見つけることができなかった。また、樺太先住民の引揚げから定住までの政策についても、引揚げ先を中心とした現地調査ではその政策の有無および先住民の動向を確認することはできなかった。しかしながら、現存する現地資料を広範囲にわたり閲覧したことは重要かつ欠かせないプロセスであり、研究目的達成までの作業過程としてはおおむね順調であるといえる。
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今後の研究の推進方策 |
今年度の現地史料調査から、先任民の引揚げに関して、地元のメディア資料あるいは行政資料が極めて少ないという推測に至ったため、来年度は市町村レベルから、道(支庁含む)、中央政府レベルに足場を移して調査する方針である。また上記の調査と平行して、既に判例資料が存在している戦後の先住民の就籍事件や、戦前の彼らの戸籍に関する司法省回答例と、引揚げ史にみられる先住民の動きとの照合をおこない、先住民に関する法制度史の整理につなげていきたい。報告者は来年度の研究計画として先住民引揚げ者へのインタビューを予定していたが、今回の調査から引揚げ時の混乱状況の記憶をたどることの困難性が推測され、また地元資料が少ないことからも、中央レベルでの政策・法制度過程の調査に若干重点を移し、史料調査の困難への対策としたいと考える。また、より客観的な分析のために、引揚げ当事者のみに限らず、関係者および関係団体へのインタビューもおこないたい。
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