Nigricanoside AおよびBはタキソールと同様の機序により,ガン細胞の有糸分裂を強力に阻害するグリセロ糖脂質である。本化合物群は緑藻Avrainvillea nigricansから発見されたが,その単離量は極めて僅かであったためその立体化学は未だ不明であり,十分な活性試験も行われていない。申請者は,Nigricanoside類の予想立体異性体の合成と立体化学の解明および大量合成を見据えた合成ルートの確立を目的として研究を行った。 本化合物群は上部脂肪酸部位(α鎖),中間部脂肪酸部位(β鎖),下部ガラクトシルグリセロール部位(GG部)がそれぞれエーテル結合により連結した構造であるとみなすことができる。申請者は前年度の研究においてnigricanoside類の南東部セグメントの全炭素骨格を構築する手法を見出した。この手法においてはEvansアルキル化により増炭とC8’位の不斉点制御を同時に行っていたが,その収率および立体選択性には改善の余地があった。同一の基質に対するMyers不斉アルキル化も満足する結果を与えなかったため,申請者は新たな合成ルートを模索することとした。 GG部のC6''位以外がアセトナイドにより適切に保護された基質に対して前年度の手法を参考に炭素鎖の伸長と,得られた化合物に対するEvans不斉アルキル化により立体選択性の問題が解決できると考え,研究を行った。しかしながらアセトナイド保護体からのEvansアルキル化前駆体の調製は極めて困難であり,検討に十分な量のサンプルを調製することはできなかった。Evans不斉補助基を有するセグメントとの直接的な反応も検討したが,この場合には目的物が全く得られなかった。 以上の検討より,GG部の炭素鎖伸長部位における反応性は,反応点(C8’位)近傍の環境の影響を強く受けるものと推測された。
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