本研究の目的は、海外移民と村落社会の相互作用の実態、およびそれに伴う移民母村社会の変容の様相を現地社会の視点から明らかにすることである。具体的には、1980年代以降にアメリカへ大量の移民を送り出した村落を調査地とし、現在から過去30年間の間に起きた様々な文化的・社会的変化を明らかにしてきたとともに、彼らにとって海外移住がもつ意味、ひいては漢民族にとって移動とは何かという問題について検討してきた。本年度は中国におけるフィールドワークと共に、彼らの移住先のひとつであるアメリカ・ニューヨーク州において短期調査を実施した。中国へは、村落祭祀が行われる時期や春節に合わせて渡航し、2-3週間にわたって様々な儀礼の参与観察や村落に住む人々を対象にライフストーリーの収集などにあたった。また、ニューヨーク州における短期調査では、調査地村落出身者たちと面談を行い、彼らの生活や同郷会組織に関する調査を行った。 本研究の主たる成果は以下のようにまとめられよう。まず、過去30年にわたって大量の人口を外部へ送り出した村落が経験した社会変化とそのコンテクストを、民族誌的手法でもって現地社会の視点から明らかにしたことである。特に、従来の移民母村研究の多くが移住先からの視点でもって研究されてきたことを踏まえると、本研究が提供した事例は現代中国における移民母村研究に一定の貢献を果たせたと考える。また、中国にて暮らす移民経験者やニューヨークにおいて生活する移住者から収集したインタビューからは、彼らにとっての海外移住が少なくとも経済的な利益を得る目的以外にも、中国国内において成功の要件とされる「関係」や「面子」の操作といった煩雑な手続きを飛び越えて成功をつかむための営為でもあったことが明らかになった。これらは現代における漢族の海外移住を考える上で、ひとつの有益な視点を提供することになろう。
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