本研究課題の大目的である古代人の生活復元について、当該年度は食性推定に用いる炭素・窒素同位体分析を博士論文としてまとめた。これまでのアンデス地域の同位体分析では、一地域・一遺跡での食性変化の検証が多く、広域的な食性比較はほとんど行われてこなかった。本研究では広域的な食性の時代変遷を検証することで、地域ごとの文化の発展期には食性の地域差が生じ、反対に広域的に共通文化が見られる時期には食性も画一化する傾向を明らかにした。また、形成期のヒトと家畜動物の移動の検証について、ペルー北部高地のパコパンパ遺跡では、ストロンチウム同位体分析から外来の個体がいる可能性が示されていた。今年度はより地域的な差が明確となる酸素同位体比の分析を行った結果、一部の個体は外来である可能性が示された。 コカの葉利用の分析については、大阪府警科学捜査研究所と共同研究を行い、試験的に2個体のミイラの毛髪試料と、コカの葉を利用した現生のヒトの毛髪を分析した。その結果、現生のヒトからはコカイン成分が検出されたが、アンデス考古試料からは検出されなかった。毛髪中のコカイン及びコカイン分解物は、洗髪や長期間の日焼け等で徐々に減少してしまうため、考古試料の保存状態が良好でなかった可能性が想定される。薬物分析専門家との議論なかで、コカの葉使用の絶対量は見積ることができないこと、また経時的に残存量が減少するため、毛根側から毛先側に向かって分析しても経時的な利用量変化は見積もることができないことを指摘された。本研究で参考にしてきたインカの子どものミイラの毛髪を用いたコカイン分析の結果では、経時的なコカイン残存量が示されており、生贄儀式直前のコカの葉の大量摂取が報告されていた。しかしながら、毛先の方ではコカインが抜けており、毛根側に比べて残存量が少ないため、経時的な変化の検証には再考の余地が指摘できた。
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