当該年度において研究代表者は、ドイツの思想家、J.G.フィヒテ(1762~1814)の思想的生涯の中で示された知識学の体系と、彼の政治思想との関連を、フィヒテ自身の遺したテクストの討究を中心にしつつ、英独仏に亘る多種多様な先行研究を参照し、またはそれらに依拠しながら研究した。とりわけ当該年度においてそれは、フィヒテがあらゆる学知の根源として定立した絶対的自我が、身体とそれが遂行する労働と分業への従事を通じて社会へ接続される過程を追跡することによって行われた。すなわち、1794年の『全知識学の基礎』において確固となった自我と自己意識との区別にあっては、自己意識をも超えた自我が実践の基礎として、また道徳的衝動の源泉として強調されたことが、1796年の『自然法論』において提示された、相互承認に基づく調和的分業という社会構想の哲学的基礎であること、ならびに如何なる意味で、如何なる様態においてそうであったかを追究し、フィヒテ知識学(特に前期の自我哲学)の有する政治的・社会的射程を明'らかにするよう努めた。また、知識学の政治的意義を考察する中で、一見すると変転著しい知識学の構想においても、人間の相互交流に立脚した人格陶冶作用を通じて理想的国家を達成するという政治目標がそこに一貫して底流しているという観点から、彼の思想変遷を整合的に説明するという着想を得ることができた。それは、フィヒテ研究全体を内容を拡げ、その深化をいっそう図るとともに、そもそも思想家の依って立つ認識論や形而上学といった哲学的基礎と、その人の時事的・社会的発言から看取される政治思想とが如何なる関係に立つかという問いに関する興味深いケースを教えるであろう
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