本研究はショウジョウバエ脳における神経可塑性の解明を目的として、摘出脳を用いたカルシウムイメージング実験を行っている。前年度までの研究により、嗅覚系の一次中枢である触覚葉に対する連続した電気刺激が触覚葉-キノコ体間シナプスにおける長期抑圧(Long-term depression; LTD)様のシナプス可塑性現象を引き起こすことを見出した。本年度はLTD様シナプス可塑性の形成機構について特にcAMPシグナル経路に注目して実験を行った。 アデニル酸シクラーゼをコードするrutの突然変異体はLTD様シナプス可塑性を示さなかった。プレシナプス(触覚葉)とポストシナプス(キノコ体)のどちらのrut発現がLTD様シナプス可塑性に必要かを調べるため、突然変異体における組織特異的なrutの遺伝子回復実験を行った。その結果、キノコ体において特異的にrutを強制発現させたハエではLTD様シナプス可塑性が観察されたが、触覚葉特異的に強制発現させたハエでは観察されなかった。よって、キノコ体におけるRut依存的なcAMPシグナル経路がLTD様シナプス可塑性に必要であることが明らかとなった。 RutはクラスIアデニル酸シクラーゼのため、連続刺激による細胞内カルシウム濃度の上昇がcAMP生産を誘導し、結果LTD様シナプス可塑性が引き起こされると考えた。このことを検証するため連続刺激時のみにアデニル酸シクラーゼの活性化剤であるフォルスコリンを添加して測定を行ったところ、コントロールに比べ顕著なLTD様シナプス可塑性が引き起こされた。よって触覚葉への連続刺激はキノコ体細胞内のcAMP濃度を上昇させることで下流の経路を活性化し、その結果LTD様シナプス可塑性を誘導することが示唆された。
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