スピン系のモデルであるイジングモデルの最小エネルギーを求める問題(イジング問題)は、電子計算機では現実的に解く事が困難なNP困難問題を含む。この問題を効率的に解く為の試みとして、光発振器の相互注入ネットワークを用いたスピン系のシミュレータ(コヒーレント計算機)を提案しており、その有効性の検討が研究課題である。本年度は、離散的な位相状態を持つ為にスピンを表現するのに適している、縮退光パラメトリック発振器を用いた装置に集中し、研究を行った。 実験研究では、単一のリング共振器中に16個のシグナルパルスを持ち、16変数の問題に適用出来る、パルス型装置の実装を行った。パルス繰り返し周波数1GHz、時間幅15fs、中心波長800nm帯のモードロックチタンサファイアレーザーをポンプとし、通信波長帯のパルス縮退光パラメトリック発振器を作製した。さらに、ビームスプリッタのペア三組と長さの異なる三本の光学遅延線を用いて、単一の3-正則グラフ状のパルス間相互注入を実現した。遅延線長の調節により、結合キャリア位相を全てπとし、同グラフ状の反強磁性イジング問題(NP困難問題であるMAX-CUT問題と等価)を計算した。光学チョッパとオシロスコープを用いて2000回の繰り返し計算を試みた結果、誤り無く正解を得た。この問題は、局所準安定解(ローカルミニマム)を含む為、昨年度の4変数系装置の実験より複雑である。よってこの実験は、本手法の原理検証としてより高い信頼性を示した。 理論研究では、相互注入を行う二つの縮退光パラメトリック発振器系を、正P表示を用いた量子論の枠組みでモデル化し、シミュレーションを行った。結果、系からの散逸が小さい時、二つの発振器シグナル場が、発振閾値下において、重ね合わせ状態成分、量子相関、量子もつれを示し得る事が分かった。これは、装置が何らかの量子計算資源を有する可能性を示唆する。
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