本研究の目的は、唐と宋を結ぶ五代の時代に延寿が編んだ『宗鏡録』を分析することで、唐から宋にかけて一変する中国仏教の思想展開の様子を明らかにすることにある。採用第3年度目にあたる平成26年度の研究は、主に(1)『宗鏡録』の思想体系の解明、(2)現代中国における延寿と『宗鏡録』の評価の調査、(3)出版物の刊行、の三点で以下の成果を得た。 (1)『宗鏡録』に引かれる先行の文献の精査、ならびにその原義と延寿の解釈との差異の分析を通じて、延寿が唐代以前の仏教思想を如何に組み替えたのかを分析した。その結果、従来仏説(経典)は階層的に整序されていたのに対し、延寿は禅宗の視点からあらゆる仏説は一心を説示する点で同じと看ることで、それまでの階層的仏教解釈論を解体し、単層的・一元的仏教解釈論を構築したことが明らかになった。 (2)延寿がかつて住持した杭州の浄慈寺・霊隠寺を訪れ、両寺の住職と会談し、現代中国に対する延寿と『宗鏡録』の影響について状況をうかがった。この結果、両寺において延寿は今でも非常に尊ばれていること、浄慈寺では民国期に延寿を祀る永明塔院が建設され、現在でも在家信者が日々集まり念仏を行っていること、霊隠寺では毎年秋に二回の研究会が開催され、そこで延寿の研究が盛んに為されていることを知った。会談に際し、両寺より日本では入手困難な論文集など複数の資料を寄贈された。また延寿研究で専著と複数の論文を発表されている黄公元氏(杭州師範大学教授)とも会談する機会を得、現代の中国仏教における延寿の評価について話をうかがった。 (3)日本学術振興会の平成26年度科学研究費助成事業(研究成果公開促進費)(課題番号265005)の助成を得て、これまでの3年にわたる研究内容をまとめ、法藏館より『永明延寿と『宗鏡録』の研究』と題する拙著を公刊した。
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