平成25年度は本研究の第2年度として、本研究の中核を構成する、19世紀から20世紀初頭の伝統的国際法学における「戦争が条約に及ぼす効果」論、特にBluntschli、Fiore、Hall、Westlakeらの学説、及び1910-12年にIDIで行われた法典化作業を検討した。その検討の視角は、前年度同様、なぜ戦争が条約を終了・停止させるとされてきたのかの根拠、特にそこで前提とされる「戦争」の性質は何かというものである。この点で、従来の我が国の通説的な見解は、「戦争が条約に及ぼす効果」を、戦争を「状態」捉えることによる伝統的国際法の二元的構成、即ち戦時国際法と平時国際法の二元性によって説明してきた。こうした議論を敷衍すれば、現代国際法で本主題は、個別の条約解釈の問題に過ぎず、客観的な法規範の問題ではなく、戦争が違法化される以前の議論は無関係であるということにもなり得る。しかし、昨年度の本研究の成果、及び学説に基づき戦争との両立性を基準として採用した本主題の代表的先例とされるTecht対Hughes事件に照らせば、かかる通説の理解が適切か疑問を呈することができる。かかる問題意識より行った上述の検討の結果、以下のことが判明した。第1に、確かに、戦争を「状態」と捉える見解もあり、そこでは戦争が条約を終了・停止させることは前提とされることから、具体的な帰結が実行に従って探求されるに留まっていた。他方で、第2に、戦争を「行為」と捉える場合、「戦争が条約に及ぼす効果」には別途正当化根拠が必要となる。両立性基準を唱えた論者らはかかる前提から、その根拠を条約法の一般原則の他に、戦争が自助手段であることに求めており、両立性基準は当該根拠から導かれていた。そして、IDIでも、こうした見解が特別報告者の議論に影響を与え、両立性基準と同内容とされる決議が採択された。 以上の検討から得られる示唆として、現代国際法で客観的規範の問題として本主題を捉える上では、武力行使の法的性質を中心として構成することになり、そこでは両立性基準がなお妥当する可能性がある。
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