本研究では、インスリンおよびインスリン様成長因子(IGF)のシグナル伝達を仲介するインスリン受容体基質(IRS)-1が小胞輸送のアダプター分子AP-1複合体と結合してエンドソームへ輸送されることに注目し、II型糖尿病や成長遅滞などの主要因と考えられているインスリン・IGF抵抗性の新しい分子機構を明らかにすることを目的としている。本年度はまず、IRS-1と結合する分子とIRS-1が配置される細胞内部位の関係について、L6筋芽細胞を用いて詳細に検討した。生化学的な結合実験を行った結果、AP-1複合体が結合する部位と同一のIRS-1の部位に、別のアダプター分子AP-2複合体が結合することを見出した。AP-2複合体は積荷を細胞膜上で認識し、細胞内へ輸送するエンドサイトーシスを担っている。このことから、IRS-1の多くはAP-1複合体によって細胞内小胞へ配置しているが、IRS-1の一部は細胞膜にも配置している可能性が考えられた。これを検証するために、細胞膜近傍を特異的に観察できる全反射顕微鏡を用いて、細胞膜上のIRS-1とAP-2複合体の分布を観察した。その結果、IRS-1とAP-2複合体はともに細胞膜を裏打ちするアクチン繊維へ局在していることがわかった。さらに、IRS-1は定常状態ではAP-2複合体と結合することでIGF-1受容体のインターナリゼーションを抑制しているが、IGF-1が長時間細胞に作用するとIRS-1のリン酸化・分解を介してAP-2複合体がIRS-1から解離し、IGF-1受容体のインターナリゼーションが稼働する、というシグナル伝達におけるフィードバック機構としてのIRS-1の新しい役割を見出した。インスリンやIGFの受容体のインターナリゼーションに異常が生じているインスリン・IGF抵抗性の病態も複数報告されていることから、今回の発見は未だ明らかとなっていないインスリン・IGF抵抗性の発症機序の解明につながると考えられる。
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