ヒト白血球細胞株(HL-60)に関して基礎的な研究を進めた。特に蛍光・発光により標識すべきターゲットを検討し、ほかの細胞種において発現量の時間的な振動挙動が知られている因子いくつかを標的とすることに決めた。今年度は本格的に観察・解析を進める予定である。 並行して、別グループで進められている神経幹細胞に関する分化の実験について、細胞間相互作用と振動の関わる分化モデルの理論的研究に携わった。シミュレーションによる現象論的な理解が主な目的であり、in vitroの実験結果と定量的に合うモデルを構築することで、in vivoでの結果を予言するような研究が目標である。血球細胞と神経細胞ではミクロなレベルでの分化の機構が違っているが、細胞間相互作用と分化の関係という観点から両者を比較する上では、こうした有効モデルによる理解が必須であると考えている。 また、分子モーターF1_ATPaseに関して、内部散逸エネルギーが外部散逸に比べて十分小さいという実験データを説明するモデルを提案し、統計物理の観点からも新規性のある成果を得た。 さらに、粗視化により変化するエントロピー生成に関する研究を行った。分子モーターによるエネルギー効率や熱散逸を測定する際など、一般的な微小系の熱力学実験において、熱などの量はカロリメーターなどにより直接測ることはできず、モーターに取りつけられたプローブのミクロな運動を観察し間接的に測定している。こうした間接的な測定により有意義な熱力学量測定ができるか否かは、着目する物理のスケールを変化させたときに熱力学量がどのように変化するかという、統計物理における根本的な問題と密接にかかわっている。われわれは、観察スケールを変える(粗視化)ことによって、不可逆エントロピー生成という、熱力学第二法則においてもっとも重要な量がどのように変化するかについて、一般的な理論を構築することに成功した。
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