本年度は、血球細胞(HL60)の分化の実験を引き続き進めた。前年度までの成果により、分化を蛍光により可視化できる細胞株を作成し、一細胞レベルでの分化程度の長時間観察が可能になっている。それに加え、抗体染色による分化程度の定量により、培養細胞の密度に依存した分化レートを測定した。相互作用に関わる遺伝子を操作した血球細胞株を樹立し観察することにより、多細胞が大域的な相互作用を通じて分化を促進・抑制するマクロな現象と、細胞同士が近接相互作用を介して分化を抑制するミクロな現象を、個別にとらえることに成功した。
細胞間相互作用が分化や組織・器官の形成にどうかかわるかを調べる上では、静的な相互影響だけでなく、非平衡な集団運動の結果生じるパターンの基礎研究を進める必要がある。本年度は、血球細胞の実験と並行して、神経幹細胞の培養系についても実験の成果を得た。多数の神経幹細胞が培養皿上に作る特徴的なパターンに着目し、集団運動とネマチックな相互作用の結果として特殊な密度場の不安定性が生じることを突き止めた。
さらに、細胞質内の輸送に関わる分子モーターの最近の実験成果に動機づけられ、生体分子が協同的に働いて一方向に運動することを示す可解モデルを提案した。この単純なモデルにより、輸送に際して分子モーターが多粒子いる方が望ましい場合と、逆に2粒子で歩行する方が望ましい場合があり、それが一分子のモーターのミクロな設計原理に依存していることが示された。
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