研究概要 |
本研究の目的は,定量的な指標による測定・比較のための手法を開発し,芸についての信念体系と演技から噺家の熟達化過程を解明することである。初年度(平成24年度)は,フィールドワークおよびインタビュー調査を行うとともに,実験室で寄席の状況を再現した実験(以下,実験寄席と呼ぶ)を実施した。フィールドワークを通して,席亭や師匠に認められた真打であっても,熟達の段階あるいは程度には違いがあることが明らかになった。そこで,当初の計画を変更し,若手真打も研究対象に含めた。 また,寄席や月例の落語会に参加し,打ち合わせを重ね,真打を含めた複数の噺家から研究や実験への協力の約束を頂いた。このほか2012年10月から2013年3月までに6名の噺家(真打4名,ニツ目2名)にインタビューを実施した。その結果,噺家の師弟制においては,他の領域には見られない特有の師弟関係があることが見出された。具体的に言えば,弟子入りした先の師匠以外にも,他の師匠から頻繁に噺を教わるというシステムである。このシステムは,弟子が所属している協会・流派を超えても行われている点で極めて特殊である。これは,従来徒弟制としてよく知られている師弟間の縦のつながりとは別に横の広がりが噺家共同体にはあることを示している。この知見は国際学会において発表された。 演芸系(演者-観客-観客系)の状態を定量化の前提として,演芸系が演者-観客系,観客-観客系という複数のサブシステムで共同行動が生じていると想定している。複数のサブシステムの状態を測定・記述するための指標を見出すために,2012年7月30日に第1回実験寄席を行った。2名の噺家を招き,20名の観客(実験参加者)の前で演じてもらった。そこで記録した画像,音声,運動(加速度計)などのデータから,熟達化の指標として妥当なものを検討し,一定程度信頼性・妥当性のある指標の候補を見出した。平成25年度の前半にこの指標を用いた実験を予定している。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
平成24年度は,噺家の熟達化過程を測定・記述するための定量化指標の候補を見い出すことができた。これは,本研究を支える中核部分が達成されたことを示している。今後,指標の信頼性・妥当性を検討する必要はあるものの,初年度に指標が見出されたことの意義は大きい。さらに,早い段階からインタビューを行うことができ,徒弟制の特徴については当初の計画よりも早く成果を発表することができた。これらの研究状況を総合的に判断すると,目標の達成という観点からは研究は概ね順調に進展しているといえる。
|
今後の研究の推進方策 |
当初の予定では,定量化指標を決定後すぐに現実の演芸場に近い状況で実験を行うとしていた。しかし,現時点ではまだ指標の妥当性が必ずしも保障されていないため,まずは平成25年度の早い段階で実験室実験を行い,指標の妥当性の検証を行う。これにより,現実状況での実験に十分に備えることができる。なお,分析に当たっては定量化指標の特性を考えて,用いる統計手法を変更する場合も予想される。だが,この場合であっても,既に購入したソフトウェアで対応できるため,実施上の問題とはならない。一方,同じく平成25年度に実施するとしていた半構造化再生刺激法によるインタビューでは,計画書に挙げたように噺家への謝金やアルバイト雇用に充てるため人件費・謝金が必要になる。そのため,経費の配分について注意を払い,計画した研究が遺漏なく実施できるよう手配する。
|