研究概要 |
本研究では,一般の化学反応系と生命現象の大きな違いとして,遺伝情報などの重要な情報がどのような条件下で確率性の高い反応系の中で頑強に保持・伝達できるのかを数値シミュレーションおよび解析的手法により探求する.今年度は(1)申請者がこれまで分子動力学法を用いて見出していた触媒増殖反応系での時間スケールの差による空間構造形成の普遍性,および(2)単純な遺伝子発現モデルを用いた効率的な情報伝達の機構について研究を進めた. (1)について2種相互触媒増殖系において両者の増殖・分解の時間スケールが大きく異なる場合,遅い分子が空間的局在構造を誘起し,その分子の増殖に同期して局在構造が分裂することを、セル・オートマトンを用いた離散モデルで見出されることを確認し,3,4種とより多種類の反応系においても類似の構造が形成されることを見つけた.また,2種分子に加えて増殖に必要な栄養ダイナミクスを取り入れたモデルの解析を行い,栄養の拡散が遅く,枯渇するような条件下では2種分子の数よりも,栄養があるかないかが分子の増殖に重要となる領域が自然に生じうることがわかった. (2)については,遺伝子を発現したタイミングにmRNAを経てタンパク質を作るという,時間的に変化する情報をいかに確率的な反応系で頑強に伝達するかを最も単純な線形遺伝子発現モデルを用いて調べた.情報理論で知られている相互情報量を計算することにより,mRNAの寿命を調整してmRNAの量に反映された情報量よりもタンパク質の量に反映できる情報量のほうが大きくなるという,しばしば遺伝子発現モデルで用いられるガウス近似では見られない振る舞いを見せることがわかった.上記結果は確率シミュレーションに加えてmRNAおよびタンパク質の解析的に得られる分布の結果と定量的に一致することも確認した.
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