孤立量子系の熱平衡化に関して多角的に研究を行った。ミクロカノニカルアンサンブルによって定常状態が良く記述されると期待される非可積分系において、(I)強ETHの検証 (II)小さな系におけるミクロカノニカルアンサンブルの精度の検証を行った。強ETHとは、熱力学極限においてエネルギーシェル中の全てのエネルギー固有状態がマクロ物理量に対して同じ期待値を与えるという主張だが、これをハードコアボソン模型やフロッケハミルトニアンなどで数値的に確認した。また、ハードコアボソン系における量子クエンチを数値的に解析し、ミクロカノニカルアンサンブルの精度が系のサイズの指数関数で向上する場合を発見した。研究(I)および(II)は、ミクロカノニカルアンサンブルが何故熱力学極限で正しいのか、また小さな系でどの程度正しいのかという基礎的な問題の理解を進めた。加えて、熱平衡ではない定常状態への緩和が期待される可積分系において(III)量子エンタングルメントに起因する非自明な定常状態が存在することを示した。この研究により、通常の統計力学が使用できるための条件の理解が進んだほか、近年様々な文脈で重要性が指摘されている量子エンタングルメントが緩和過程においても重要な役割を果たすことが明らかになった。以上、緩和後の定常状態に関する研究に加えて、(IV)緩和の時間スケールの研究を行った。多体相互作用を含まない非可積分系の共通した性質を記述すると期待される帯状ランダム行列理論を用いて、マクロ物理量の緩和時間を解析した。帯状でないランダム行列の範囲では、系のサイズの増大にともない緩和時間が短くなるという直観に反する結論が導かれることが知られていたが、帯状の構造によりこれが解消されることを示した。緩和過程の系の詳細に依らない特徴の理解が一歩進んだと言える。
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